企 業 概 要

代表のごあいさつ

 平素より弊社IPSブランド製品に暖かいご支援を頂き、心より厚く御礼申し上げます。
 弊社は金属加工技術では、わが国有数の産地として知られている新潟県三条市において、昭和15年創業以来、プライヤ類をはじめ、各種作業工具類のメーカーとして生産技術の向上に努めてまいりました。また、 「多品種・小口ットの生産体制の確立、あらゆるお客様のニーズに対応できるフレキシブルな生産設備の構築」 をスローガンに、設備、冶具等の改良改善、社員の意識改革に全社一丸となって取り組んでまいりました。お客 様のニーズに、より柔軟に、より迅速に対応する事こそが最高の商品力である、と考えるからであります。新世 紀を迎えた今、製品の多様化を進め、作業工具の新分野に進出する事を今後の課題と位置付け、「新しい価値、 高品質の商品の創造を通じて社会に貢献する。」を理念に全社あげて努力していく所存でございます。
 今後ともより一層のお引き立てとご指導を賜りますようお願い申し上げます。

代表取締役社長  内山 晃


企 業 概 要 

社   名株式会社五十嵐プライヤー
代表者代表取締役 内山 晃
創 業昭和15年
設 立昭和33年
資本金1,000万円
従業員32名
事業内容JISプライヤ、JISウォータポンププライヤ、各種作業工具製造販売
ブランドIPS(アイピーエス)
IPS Craft(アイピーエスクラフト)
IPS Agri(アイピーエスアグリ)
事業所本社・工場/〒954-0104
新潟県見附市坂井町1-4-3
TEL0258-66-5445
FAX0258-66-5586
土地建物敷地11,880u 建物2,145u

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企 業 理 念

私たちは、新しい価値と高品質な商品の創造を通じて社会に貢献します

沿   革

昭和15年新潟県三条市に五十嵐製作所として創業
昭和33年(有)五十嵐製作所設立 資本金100万円
昭和37年(株)五十嵐プライヤー製作所に300万円に増資
三条市直江町2丁目に工場新築移転、 設備の合理化と増産体制を図る。
昭和45年熱処理工場新築
同業4社の出資により協業組合
昭和47年アメリカのフェデラル規格に合格、米連邦調達局(GSA)へ納入開始
昭和48年日本工場規格(JIS)表示許可工場となる。
昭和57年資本金600万円に増資
昭和58年工場新築し、全面移転(現本社・工場)自動合理化を図る。(株)五十嵐プライヤーに社名変更
昭和63年弊社商品「ソフトタッチシリーズ」が日本 DIYショー新商品アイディアコンクールにて 銅賞受賞
平成 3年「ソフトタッチワイド」が日本DIYショー新商品
ヒット商品コンクールにて銀賞受賞
平成 6年資本金1,000万円に増資
平成13年 五十嵐力 取締役会長に、内山晃 代表取締役社長に就任
平成14年ホビー向け新ブランド 「 IPS Craft 」を設立
平成18年1月ISO 9001:2000取得
平成20年7月ISO 9001:2008に改定
平成20年8月従来の日本工業規格JISより新JIS日本工業規格取得

わたしたちの轍

創業期

当社創業者である五十嵐末一郎(1908年〜1999年)は昭和初期の当時、新潟県で初めて作業工具を手がけたペンチメーカーの工場長でした。そのメーカーは、のちに日本最多の生産量を誇るペンチメーカーとなり今日に至っているわけですが、五十嵐末一郎は戦前の昭和15年に一念発起独立し、新潟県三条市に五十嵐製作所として創業するわけです。 非常に義理人情に厚かった末一郎は、お世話になった師匠と同じ製品を造って迷惑は掛けられないとしてペンチではなく、当時はまだ馴染みの薄かったプライヤ類を手掛けたのです。これがプライヤ専業メーカーである当社のスタートでした。

モータリゼーション到来

万能工具であるプライヤも創業当時は一般的に馴染みの薄い作業工具で、販売には苦労の多い時代でした。しかし、昭和30年代に入り自動車産業の急速な発達にともない、プライヤは搭載工具として爆発的に需要が喚起されるようになったのです。それにともない、当社も昭和33年には、高品質の追及とコストダウンを目指し、(有)五十嵐製作所を設立、思い切った合理化、省力化を推進し、一挙に生産性を高めて現在の経営の基礎を固めました。 その後、昭和37年に(株)五十嵐プライヤーに改組し、三条市直江町に工場新築移転、設備の合理化と増産体制を図ったのです。

搭載工具の危機

高度成長期の当時、「作れば売れる」という時代でした。しかし、搭載工具の市場もそういつまでも安泰であったわけではありません。納入先からの度重なる値下げ要求がどんどんきつくなり、ついに応じきれないと判断した当時の代表取締役社長五十嵐力は、搭載工具からの撤退を決意、輸出に転換して販路を見出していったのです。

輸出全盛時代

当社は国内のプライヤーメーカーでは、海外輸出の先発メーカーに属するでしょう。当時は年間生産高の90%が海外に輸出されました。昭和46年には、ドルショックの影響で大幅な落ち込みを見ながらも翌昭和47年には、アメリカのフェデラル規格に合格して、非常時に物資を供給するGSA(米連邦調達局)への納入が決定、本格的にアメリカを中心にヨーロッパ各国、東南アジア、オセアニアなど世界各国への輸出がはじまります。当社製品は、デザイン・性能ともに高い評価を得て、海外輸出は順調に伸び、各国有名ブランドのOEM生産を手掛けるようになるわけです。

輸出から国内市場へ

海外輸出の信用を高めて行った中で、更なる発展を目指し、昭和49年には日本工業規格(JIS規格)の認定を受け、国内市場へも本格的に参入を開始しました。自社ブランドの品種の拡充、OEM先との取引拡大と意欲的に飛躍を図って行くわけです。 昭和58年に、より一層の飛躍を図り、現在の新潟県見附市に本社・工場を新設移転し、これを機に工場設備も最新鋭の生産ラインを導入、技術革新へ向けて一筋の道を歩み出します。   その頃より日本でもホームセンターという新しい小売り形態が誕生し、後にDIYブームが訪れます。従来、プロの道具として見られがちだったプライヤも、その利便性から利用価値が認められ、更にDIYブームの追い風に乗り、しだいに認知されて行きました。そんな中、更に付加価値のある商品をと、研究開発を進め、現在当社の看板商品である「ソフトタッチシリーズ」が発売されます。先端に樹脂が付いて、つかむ物をキズつけないというこのプライヤは、瞬く間に市場に浸透して行きました。そして、昭和63年の日本DIYショーの新商品アイディアコンクールで銅賞、その後平成3年に発売した「ソフトタッチワイド」は銀賞という名誉を頂くこととなります。 品質にこそ重点を置いて製品を評価していただくお客様こそ、当社における最高のお客様であります。 ”The best products for the best consumers.”を合言葉に、全社一丸となって新しい価値、高品質の商品を創造し続けます。

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